2020年頃から,機械学習の科学技術計算への応用が急速に発展し,Scientific Machine Learning (SciML,科学技術機械学習)という新たな研究分野が生まれつつあります.本研究プロジェクトでは,SciMLの手法のうち,特に作用素学習と呼ばれる方法に着目します.作用素学習は,物理シミュレーションに使われる偏微分方程式に対して,その解作用素,すなわち,解の公式のようなものを深層学習で学習します.これによって,物理シミュレーションの大幅な高速化が期待されています.
一方,機械学習手法は,信頼性が議論になることが多く,作用素学習手法についても,信頼出来る手法の開発が必要です.しかし,作用素学習は,従来の科学技術計算手法と全く異なる方法であるため,その理論基盤については,完全に新しく構築する必要があります.特に,作用素学習では非線形作用素,すなわち,無限次元空間の間の写像を学習するため,作用素学習による物理シミュレーションの手法・理論を構築するには,データ科学の諸手法を無限次元化し,かつ,無限次元の力学理論である古典場の理論と統合していく必要があります.本研究では,実際にそのような理論を構築すると同時に,物理法則や受動性などの性質を保つ作用素学習アルゴリズムを開発することを目指します.
作用素学習は偏微分方程式の初期値・境界値問題に対して,その解作用素を学習することで,物理シミュレーションを高速化します.解作用素とは,直感的には,初期値や境界値などのシミュレーションの入力データから,方程式の解,つまりシミュレーション結果への関数です.つまり,作用素学習では,シミュレーションの設定に関するパラメータを入力すると,直ちに,シミュレーション結果を出力してくれるような機械学習モデルを構築しようとします.
偏微分方程式論における代表的な問題の一つは,そのwell-posedness,すなわち,解の存在および一意性,また,初期値・境界値に関する連続性の理論的証明です.これは「初期値・境界値から解を与える連続関数の存在を保証」していると言えます.一方で,よく知られているようにニューラルネットワークは,連続関数をはじめとする様々な関数を近似可能であることが知られています.そのため,well-posednessが存在を保証する,解を与える関数も,近似可能であることが期待され,実際にそのようなことが数学的に証明されています.
解作用素の学習は,直感的には解の公式の学習であり,これが出来れば,従来のようなシミュレーションを行う必要はありません.そのため,リアルタイムでの大規模な物理シミュレーションも可能となりつつあります.
機械学習と科学技術計算の融合技術は科学技術機械学習(Scientific Machine Learning, SciML)と呼ばれます.AI for Science などと近いものですが,現在のところ,SciMLでは,科学技術計算や物理モデリングが主な研究対象です.より具体的には,物理シミュレーションで解く必要がある微分方程式を高速に解くための方法や,現象を表す方程式を導出するための方法などが研究されています.
代表的な方法としては,
が挙げられます.
深層学習を利用した大規模言語モデルが社会に大きな影響を与えたように,これらの方法は,物理シミュレーションの方法を大きく変える可能性があります.そのため,本研究では,機械学習による物理シミュレーション・物理モデリング手法の開発を行うと同時に,信頼性を保つための理論基盤の構築を目指します.